「家族」の困難と希望
          ―人間の変貌とメディアの責任― 
            有田芳生
             (ホームページhttp://www.web-arita.com/)
|アメリカ同時テロとテロリストの心理(転機となったベトナム戦争)
 人間の「弱さ」。映画館での実験
 視聴率からみた感性の摩滅
 「現実に喰い込む」こと(吉野源三郎)
}20世紀の「進歩」と人間関係の変化
 「大人―子供」の誕生。たとえば松田聖子(三月十日生まれ、以下同)、宮崎勤(八月二十一日)、上祐史浩(十二月十七日)世代。彼らが誕生した一九六二年は、テレビのNHK受信契約者が一千万世 帯を超えた。テレビ放送がはじまったのが一九五三年。とくに五九年四月十日の皇太子ご成婚パレードのテレビ中継を見るため、受信契約は直前に三百万世帯を突破。公務員の初任給が八千七百円の時代。十七型テレビは二十九万円もした。このテレビ時代の切っ先に誕生し、物心ついたときにはまるで空気を吸うように映像文化のなかで暮らしていた。小学校に入学したとき、テレビの普及率は八三パーセントを超えている。テレビの機能は相手を選ぶことなく情報を提供することによって「子供期と成年期の境界線をつきくずす」(ニューヨーク大学のポストマン教授)。情報化社会が進行することは子供期を喪失させ、「大人ー子供」を生んでいるというのだ。この第一世代が日本では「新人類」と呼ばれのちに宮崎事件の発生とともに「オタク」などと命名された。
 (イ)科学技術がもたらした成果と困難。ライト兄弟からアポロ11号まで。
 (ロ)電話の普及と人間関係の変化。*電話設置は55年には100世帯に1台。73年には49・2台
   *設置電話5545万、携帯電話5685万(99年末)。 67,877,000台(01年4月末)。
(ハ)講談本からラジオ、そしてテレビの時代へ。想像力の変貌はどのように深化しているか。映像 が人間にもたらす変化*NHK放送は1953年2月。半年後日本テレビが放映。 街頭テレビが流行、プロレスの視聴率は80・2%に。
  (ニ)「初語異変」語彙の獲得は生後6か月から1年に平均5つ、1歳半で40、2 歳で260、3歳で800語に増える。感性の変化に注目。「生活感覚」。
~少年事件と死生観
 (イ)1977年からいままで。検討に値する88年の目黒事件。「理解不能」な事件の増加。
 (ロ)ナギイの研究 体験の喪失
 子供たちに必要な「社会力」。実生活のなかで獲得するのではなく、テレビやインターネットで身にま とう実感なき言葉の群れ。日に日に子供たちはがんじがらめになっていく。路地裏が消えることで、缶 蹴りや隠れん坊が喪失した。「経験」の消滅。言葉と意識の起源は、そもそも「生きる」必要のなかにあった。その人間的根源が奪われつつある現代社会。いま必要なことは心と身体が一体となった「経験」だ。おとぎ話や隠れん坊という「経験の胎盤」(藤田省三)を取り戻すこと。
 (ハ)神戸事件と「バモイドオキ神」の意味
危機と現実
  司馬遼太郎のいう「明るい絶望感」
 「私はいま日本の未来に対して明るい絶望感を抱いている」「何が明るいかというと、これだけ欲望が  沸騰すると、若い者のあいだにお前はどうするんだ、と言われて、おれはごろごろしているよ、というのが全体の半分ぐらいは出てくるだろう。ニコニコしてそういう芝生にいる遊び人の中から、中国の諸子百家というような思想家が出てきて、そのパワーが政治を動かしていくのではないか…そう思うと明るいのだが、そのためにはやはり江戸時代にできた侍の【武士道】という電流を少しでも持っていないといけない」  
    
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