オウムと私

 私がオウム真理教の取材を密かに依頼されたのは、93年初夏のこと。「取材仲間をふくめて誰にも話さないで欲しい」という条件があった。依頼主は坂本堤弁護士の奥様・都子さんのかつての職場関係の弁護士。間に入って連絡してきたのが、朝日新聞で警視庁キャップを務めた清水建宇記者。いまテレビ朝日系の「ニュースステーション」でコメンテーターをしている友人だ。暑さのなか、上野駅を降りて近くの弁護士事務所に向った日のことはいまでも印象深い。なぜ誰にも話すなという依頼なのか。その説明からはじまった打ち合わせ。いまなお引きずる複雑な人間関係。この日から清水さんを通じての日常的な情報交換がはじまった。事件としてのオウム。そこから出発したものの、私にとっていまではカルトに魅かれる若者たちの心情に強い関心がある。なぜ彼らが、という疑問はいまも、そしてこれからも生きているからだ。いわゆるマインドコントロール問題への司法関係者やマスコミの無理解は深刻だ。私の確信的な結論からいえば「現場」を知らないことによる無知。そんな視点からオウム問題を考えていきたい。

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