オウム真理教で「大蔵省」の責任者だった石井久子が11月18日に和歌山刑務所から出所する。犯人隠避罪などで逮捕されたのが95年11月22日。あれから5年の歳月が過ぎた。私は逮捕前に上祐史浩を通じて石井久子にインタビューを申し込んで断られたことがある。上祐が本当に石井に伝えたかどうか。私はいまでも疑問があるのだが、それはやがてわかることだ。
私がここで書こうと思っていることは、84年に入信した石井久子の入信動機やその後の教団内での役割一般ではない。まず声を大にして「いま」言わなければならないこと。それは裁判のなかで「脱会」を表明した石井久子への基本的視点だ。
私は石井が一連の事件に結びつく多くのことを語っていないと思っている。刑が確定したあとで証人として出廷した他被告の法廷で「記憶にありません」と語っていることを傍聴者から聞いたとき、私はこう思った。できるかぎり身体を縮こまらせながらの自己防衛だな、と。そこで評価は異なってくる。
「反省していない」「道義的責任を果たしていない」と糾弾するのか。
私はその立場をとらない。なぜかといえば石井はたとえば上祐史浩と違い「脱会」を何度も表明しているからだ。マスコミ報道が「あれは偽装ではないか」と報じてからも、担当弁護士には「麻原さんのところに戻ることは絶対にありません」と語っている。出所が近い現在でもその立場に変わりはない。
私は私なりに石井がとるべき責任についての考えを持っている。しかし、いま必要とされる立場は「脱会」を徹底させることだと思っている。「疑わしい」「道義的責任をどうするのか」といった道徳的批判は、こと石井久子の今後の人生を考えたときに、「とりあえず」有害だと思う。
「脱会」を完ぺきなものに近づけていく精神的作業は大変なものだ。私は統一教会のケースでいくつもまぢかで見てきた経験から確信をもってこう言える。ましてや石井の教団内での立場、麻原彰晃との関係を考えたとき、独力での「脱出」の苦悩がどんなに激しく深いものであったと自覚しても、残念ながらそこには限界がある。
だからこそいま求められていることは、石井久子が本当にオウム真理教の呪縛から脱することができる環境を作ることではないのか。そうではなく道徳的批判を繰り返すことで、石井をもういちどオウム真理教の側に追いやるならば、それはまたオウム問題の解決に困難を付け加えることになる。
出所を前にした石井久子がいまいちばん気にしていることはマスコミの動きだ。
石井は脱会への意思を再度明らかにするある行動を取ることだろう。しかし、文書類などでの公表を躊躇しているのは、何を言ったところで「信じられない」と言われることだ。それはこれまでの石井の態度から行われるやむをえない批判ではあるのだが、それが石井久子の生き方ならば、まずはそれを受け入れるべきだと私は思う。人にはそれぞれの生き方があるからだ。
石井久子は坂本弁護士一家殺害事件、地下鉄サリン事件などについてどう釈明しているのか。この問題を次に明らかにしたい。 (文中敬称略)