辺見庸『眼の探索』


一九八九年秋のことだ。『朝日ジャーナル』に出入りするフリー(日雇い)記者の駆け出しとして、私はベトナム戦争を指導したボー・グエン・ザップ将軍に戦史秘話を聞きたいと思った。外報部出身の故・鈴木敏デスクが、共同通信ハノイ特派員だった辺見庸を紹介するといって語った言葉はこうだ。

「彼は記者というより作家なんだなあ」

 そう言って机の引出しから読むべく提示してくれた原稿が、『朝日ジャーナル』にやがて掲載されることになる「御霊は天翔けてブータンに降りたもうた」だった。一読驚愕。昭和天皇逝去をこれほどラディカルかつ文学的に論ずることが出来るのか!

 蒸し暑いハノイの街角。肩怒らせつつも颯爽と往く辺見の後ろ姿を見ながら、私は思ったものだ。これからの『朝日ジャーナル』は「野戦服を着た知性」だと宣言した故・伊藤正孝編集長と志を共有する記者は、数少ないとはいえ存在するんだ、と。

 辺見は、いまから四年ほど前の九四年十月に「何万回でも確信をもって言いつづける用意がある」とマスコミの「頽廃」をこう断じたことがある。

「おおむね下等に描写された風景と、ため息がでるほどつまらぬ道理に満ち満ちているといっても過言ではない」(『反逆する風景』講談社文庫、九七年)。

 辺見の眼には、報道媒体メディアが時々刻々と紡ぎだす「不整合のない風景は、字を費やせば費やすほど、そして整合して見えれば見えるほど、嘘である。ひどい嘘である」(同前)と映っていた。

 果てしなく根腐れつつある日本社会が、それでもまだ阪神大震災や地下鉄サリン事件、神戸少年殺傷事件などを体験していない時点の警句だった。時を重ねた「いま」、その眼差しで俗界に錘を沈めてみれば、ずぶずぶと果てしなくどこまでも巻き込まれ、感覚が麻痺していくことは、私でさえも感じている。その腐臭に意識を失うことなかった辺見の「探索」眼には現代日本の鵺のごとき不気味な姿がはっきりと浮かび上がってきた。マスコミの送り手だけではなく受け手である読者(テレビ視聴者を加えてもよい)の「頽廃」である。辺見は言う。

「需給両者ともに未曾有といっていいほどの精神の相乗的劣化を(まことに手に負えないことには)無意識に出来している、と私は思う」(『本の旅人』九九年一月号、角川書店)

 辺見の記者魂に加えた作家的ミクロ眼は、他者=読者や視聴者、送り手としての報道機関に対してだけ異議申し立てをしてきたわけではない。飢渇やエイズで死に赴きつつある少女たちの残像を己が肉体に埋め込ませた『もの食う人びと』(共同通信刊、角川文庫)の一年半に及んだ旅。飽食国家に戻った辺見は、自分の「満腹顔」を鏡に映してこう嘆息する。

「飽食の顔は決して美しくはない。頬のたるみに精神の弛緩と傲慢が見え隠れする。その顔に、旅を終えてモノに溢れる東京に舞い戻った私の顔が少しずつ近づきつつある」

 これが「三点凝視」と題して『眼の探索』で明らかにした辺見の方法である。記者になったとき、事件はその取り巻く世間まで視野に入れよ、「一点観察じゃだめだ」と先輩からアドバイスされたという。教えよろしく書いて書いて書きまくった。やがて襲ってきた感情は倦みと虚しさ。疑う視線を自身に向けたとき、書けなくなった。そんな苦闘から導きだしたのが「群れは、すべからくばらけるべきだ」といういまに至る立脚点だ。

 辺見の生活に大きな変化があったのは九六年末。四半世紀務めた共同通信社の記者を辞したのである。その第一作としての本書は、朝日新聞への寄稿を基にしている。「反新聞的文意と表現」を新聞連載だからこそあえて行使したというように「犯意」はいっそう深化、徹底した。テーマは死刑制度やオウム裁判、「新ガイドライン」問題だけではない。砂漠で営まれるタマオシコガネの牛糞転がしから山谷界隈の路地裏の記憶など、一見意味無きようにさえ見える何気ない風景も、辺見の眼差しを通せば、これほどまでに色合いも匂いも異なったものとして立ち上ってくる。「政治的マクロを、いうところの文芸的ミクロの視点から難じてなにわるかろう」というわけだ。

 もっとも私は、辺見が紙数を費やした死刑廃止論には疑念がある。「死刑という名称の『密室殺人』を税を払って国家に委託しているつもりは毫もない」との主張には全く同意するが、被害者の立場に身を置いたとき、理念・理論を超えた感性として、応報主義だと難じて納得するだけの自信がとてもないからだ。辺見はかつて原爆を投下する使命を帯びたパイロットの立場に立てと語ったことがある。果たして自分ならば国家の命令に反逆できるか、と(『不安の世紀から』角川文庫、九八年)。ならば無辜の民を死へと追いやった死刑囚について、被害者の側から想像力を働かせばどうなるのか。

「三点凝視」や「文芸的ミクロの視点」を武器に、状況へと切り込む辺見の姿を間近で見たことがある。場所は東京地裁一〇四号法廷。対象は麻原彰晃。傍聴席最前列中央付近に陣取った辺見は、左手に掴んだノートに向かい一心にメモを取っていた。といっても、のべつ幕無しに記録しているのではない。ときに身を乗り出して麻原の姿を凝視していたかと思えば、急いで何事かを書き連ねている。それだけではない。辺見の席から四席右手に座って居眠りを続ける女性記者の姿を、麻原観察の合間に、これまたじっと見つめることしばしであった。

 この「探索」から生まれたのが「手の幻想」(『波』九六年九月号、新潮社)である。麻原彰晃の「指」や「爪」の形状からポル・ポトの「手」へ。想念は自在に翔ける。それでいて麻原という被告人や裁判の「現場」のイメージは読む者の心に深く刻印される。世にある森羅万象を辺見の肉体で濾過してみれば、目眩くほどに異なった風景が姿を現すのである。『眼の探索』を「反時代宣言」と惹句が謳うのも、世紀末日本の課題に決して怖じることなく「ひとり」対峙する「持続の志」を凝縮してのものだろう。この孤高の精神は、江戸時代にまで遡るという次なる「解像」でいかなる「破壊」を見せてくれるのだろうか。

(朝日新聞社98年、角川文庫01年刊。『文學界』99年3月号)

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