佐木隆三『大義なきテロリスト』

 「裁判傍聴業」を自任している佐木隆三さん。作家生活四十年、著書百数冊という成果にさらに一冊を加えた。テーマは、はや風化してしまった感の深いオウム事件だ。

 地下鉄サリン事件から八年近く。「何だまだオウムか」と思うならば、現実への理解が甘い。いや甘すぎる。いまだ裁判が続き、「アレフ」と名乗る残党が勢力を維持しているからではない。肝心かなめの問題が放置されたままだからだ。どういう課題か。

 たとえば地下鉄日比谷線でサリンを散布し、八人を殺害し、死刑判決を受けた林泰男被告(現在控訴中)。著者は裁判長が判決文でこう述べたことを紹介している。「一個の人間としてみるかぎり、資質や人間性そのものを、とりたてて非難することはできない」。

 東大大学院で素粒子を研究し「かならずノーベル賞を取る」と語っていた豊田亨被告(死刑判決、控訴)もまた、同級生の証言では「いちばん犯罪とは遠いところにいる」存在だった。

 問題の根源はなぜ彼らがオウムに入信し、そして犯罪へ向かったかにある。地下鉄サリン事件は、戦時ではなく平時に首都で毒ガスを散布するという世界に前例のない無差別テロだった。ところが実行犯は、訓練された戦士ではなく、「普通」の「善良」な青年たちだった。坂本弁護士一家殺害事件もまた「心優しい」青年による犯行だ。

 修業と称してモーテルに女性信者を誘う「俗物教祖」の実像の数々は興味深い。しかし、「善良な性格」(林判決文)の彼らは、なぜその呪縛から解かれることなく凶悪犯罪に手を染めたのだろうか。その理由を著者は「思考停止」と「規範意識を捨てた結果」だと見る。

 著者が十六人の被告の証言を通して問うのは、私たちの淡々とした日常の傍らに潜んでいる異常なのである。

(NHK出版2002年刊。「北海道新聞」2003年1月19日)

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