20世紀を生きた人たちへの讃歌

あれは2月22日のことだったと記憶する。都はるみさんの52歳の誕生日を祝う会が行われたときだ。事務所の井上宗孝社長のご挨拶の一節が心に残った。仏教研究の大御所の山折哲雄さんが、都はるみさんの歌についてテレビで語っていたというのだ。山折さんとは霊感商法批判の集会でお会いしたときの印象や、最近出された「親鸞を裏切る『歎異抄』」という副題の付いた『悪と往生』(中公新書)などから、都はるみさんと結びつくイメージはとうていなかった。山折さんがお話になったのはNHKの番組だとは聞いた。だが、気になりつつも調べることもなくそのままになっていた。ところが先日の大島野外コンサートに行ったとき井上さんにこの話を再びお聞きしたところ、山折さんは同じ趣旨の話を「京都新聞」に書いていたと教えてくれた。東京へ戻りさっそく記事を送ってもらった。「演歌 人情 にっぽんの心」という記事の見出しは「はるみのうなり節が応援歌」とある(2000年3月17日付夕刊)。あらましを紹介しよう。

 山折さんは飛行機に乗るのがいまでもこわいそうだ。そこで不安と動揺をまぎらわすためにひとつのことを思いついた。美空ひばりと都はるみのテープを機内で聞くことにしたのだ。そのうちにパターンができたという。離陸時は都はるみ、着陸時は美空ひばりと。こうした経験から山折さんは演歌に精神治療的な効果があると思っている。ではなぜこのような癖がついたのかといえば、因縁があった。
 山折さんは1986年にチベットを旅する。そのときかつて東北大学の山岳会がカラコルムに挑戦したときの話を聞く。前進キャンプを作って頂上を目指すため、無線交信用に大量のテープが必要となるのだが、空テープを持っていくのはもったいない。そこで家族の声やそれぞれが好きな音楽を録音していくのだ。ただし、交信がはじまると吹き込んでいた音は消されていく。山折さんは書いている。

 頂上への最後のアタックという場面では、ほとんどの曲が消されている。
 そのような話をしてからSさんは、その最後のアタックを敢行した隊員が一番あとまでテープを残した曲は何だったと思うかと、みんなに問いかけたのである。われわれが、さあてといって頭を抱えこんだとき、Sさんはニヤッと笑いながら「それは都はるみの演歌でした」といった。

 今回の大島野外コンサートが終わったときだった。いっしょに並んでコンサートを聴いた高田文夫さんと歩いていたとき、ひとりの男性が話しかけてきた。
「都はるみさんをコンサートで聴くのははじめてですけど、『散華』という曲を聴いて涙が出てきました」
 この曲は10月1日発売のはるみさんの新曲。作詩はちあきなおみの「喝采」を作った吉田旺さん。作曲が徳久広司さん、編曲が櫻庭伸幸さん。散華(さんげ)、花と散ること。都はるみさんたちはこの曲に20世紀を生きてきた人たちへの共感を込めている。
 

 燃えたぎる命 いのち懸けてまで
 掴もうとした 未来(ゆめ)よいずこ……いずこへ
 せめて空に舞え 見果てぬ思いのせて
 あゝ海に降れ散華の花弁(はなびら)

 私はこの曲を聴いて身体がゾクゾクとしてきた。これまでに都はるみさんの曲を聴きながら、何度も涙ぐむことはあったが、これほどの衝迫力を伴って迫ってくる曲はなかった。いっしょに取材をした「ザ・ワイド」のスタッフに依頼して、『散華』を歌うはるみさんのVTRテープを作ってもらい聴いてみたが、はるみさんもまた歌いはじめから涙ぐんでいる。
 この新曲をステージで聴くことができるのが12月2日に開幕となる世紀をまたいだ日生劇場でのロングロングコンサート。12月は「〈私家版〉20世紀 日本の歌」をテーマに、1月は「21世紀 日本の歌の更なる可能性を求めて…」。前者ははるみ色をある程度押さえ、後者は全面に押し出しての舞台だという。山折哲雄さんは記事の最後にこう書いている。

 はるみさんの、あのうなり節が、いつのまにか私の心の応援歌になっていたのである。

 私にとっては、都はるみさんの「語るように歌う」曲が心の応援歌になっている。
 

都はるみロングロングコンサートは、2000年12月2日から25日、2001年
1月2日から27日まで日生劇場で行われる。

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