二一世紀最初の年に起きたアメリカでの同時多発テロ。世界貿易センタービルに突入する旅客機の映像は、世界を震撼させた。テレビを通じて何度も繰り返される異常な風景。
子どもたちの柔らかなこころは敏感に反応した。アメリカからの報告によれば、多くの子どもたちは、映像が流れるたびに「同じような事件」が何度も起きていると思った。落ち込み、イライラし、不安を訴える「小さなこころ」。
アメリカのメディアは、心理学の専門家などの訴えで、あの突撃シーンを放映することをいち早く自粛した。
しかし、あの映像を繰り返し放送していた日本では、子どもたちへの影響がいまなお続いている。
「日本も戦争になるの?」不安そうに父親に聞く女子中学生。「ねえお母さん、毒の手紙ぼくの家にも来る?戦争だから毒の手紙が来るの?毒に触ったら死んじゃう?」。八歳の子どもの素朴な気持ち。
その不安をかき立てる情報源は何か。子どもたちにとっては圧倒的にテレビの力だ。
NHK放送文化研究所の世論調査結果(二〇〇一年六月)がある。二歳から六歳までの幼児の一日のテレビ視聴時間は平均二時間三十四分。母親の視聴時間が長いほど、幼児の視聴時間も増えていく。ちなみに三〇代女性の平均は四時間二十四分。
問題はテレビの機能にある。
たとえばウルトラマン。一九六六(昭和四一)年にテレビ放映されたウルトラマンは、子どもたちのヒーローになった。それから三十五年。ウルトラマンコスモス、ウルトラマンガイアなど、さまざまなキャラクターが誕生し、いまだ子どもたちの人気者だ。
「ねえ、ウルトラマンの格好をしてみて」
幼児や男子小学生にこう聞いてみるといい。
「へーんしん。シュワッチ」
北海道から沖縄まで、どこでも同じような格好を見せてくれるだろう。共通した映像は子どもたちのこころに「そのまま」の姿で記憶される。
ウルトラマンならかわいいもの。昨年秋、トルコでこんな事件が起きている。四歳や七歳の子どもが高い建物から飛び降りて大けがをした。原因は日本から輸出された人気アニメ「ポケモン」(ポケットモンスター)。テレビを見ているうちに自分にも「超人的な能力」があると信じ込んだうえでの行動だった。よく指摘されるバーチャルリアリティ(仮想現実あるいは虚現実)という問題だ。
テレビが子どもの言葉さえ奪うという知られざる現実も進行している。
「初語異変が起きているのです」
こう語るのは杉原一昭・東京成徳大学教授だ。「初語」とは人間が誕生して最初に獲得する言葉のこと。私たちは誰でも生きるために必要な言葉から覚えていく。おっぱいを欲しくなれば「ウマウマ」。オシッコをしたいとき、あるいはしてしまったときに「チーチー」などなど。
「八〇年代はじめごろのことです。お母さんたちのなかに赤ちゃんの言葉を理解できないという相談がいくつかあったんです。そこで文京区の保育園児六千人を調査しました。そうするとママとかマンマといった生きていく必要に対応して獲得する言葉に加えて、モンモン、アクア、マイン、ゴロンタといった奇妙な言葉が浮かび上がってきたんです」
それらの不明語はテレビで得た言葉だった。「アクア」「マイン」はCM、「モンモン」は「ドラえもん」。「ゴロンタ」もアニメ。
一般的な言語の獲得は、一歳半で約四十と言われている。この「初語」の異変を生み出したのがテレビだった。
NHK放送文化研究所は、赤ちゃんのテレビ視聴の調査を行っていない。だが幼児のよく見る番組を調べると「ドラえもん」はいまでも高位(九六年から九八年は一位。現在は「ポケットモンスター」に次いで二位)を維持している。
テレビを付けっぱなしにした生活習慣。「かわいらしいアニメだから」という理由で見せている番組。杉原さんは警告する。
「テレビから得た情報を赤ちゃんがどうとらえているのか。私たちにはわかっていません。幼児もそうですが、実体験のない映像を見て覚えた言葉の意味が生活のなかでどんな意味を持つのでしょうか」
杉原さんはこんな経験をしている。ある五歳児がお母さんとやってきた。間違い探しの絵を見たその子は、風が吹いていることを表現した何本かの流線を見てこう言った。
「逃げ水だ」
杉原さんは聞いた。「逃げ水って何?」。その男の子は答えた。
「逃げ水って、光の異常屈折によって起きる現象でしょ」
もちろんこの子は、夏の草原やアスファルト道路などで、遠くに水があるように見え、近づけば、遠のいて見える現象を実際に体験したことなどなかった。
不気味な変化を見せるのは今の赤ちゃんや幼児だけではない。生まれたときからテレビに浸かった生活を送ってきた大人たちの間にも、ある種の感覚の歪みが生じている。 若いお母さんがテレビを見ていて驚いた。おむつのCMを見ていたら赤ちゃんのオシッコが青いではないか。慌ててメーカーのお客さん相談室に電話をした。「うちの子どものオシッコは青くないんですけど……」
もちろんこれは例外的なケースかもしれない。しかし、生まれたときからテレビのある生活は、「子どものような大人」、いわば「オトナコドモ」を増やしてきた。
テレビが「オトナコドモ」を出現させたと分析したのはニューヨーク大学のニール・ポストマン教授。簡単にいえば、テレビは大人の秘密をなくすだけでなく、大人と子どもの境界を取り払った。同時テロの惨状を報じる映像に、「大人用」も「子ども用」もないということである。
実際の経験を疑い、テレビの報じたことが「正しい」と思いこむ「錯覚」を生むこともある。
ある二〇代の女性がはじめて東京・隅田川の花火大会を見物したときのこと。眼の前に花火の大輪が打ち上がった。「わー、きれい!」。素直な感嘆の声。その言葉に続いたのが「テレビといっしょだ」。
風景でも旅行でもいい。その「ホンモノ」を目の前にしたとき、「テレビで見たものと変わりない」ことにホッとする認識の転倒。
テレビが日本で放映されるようになったのは一九五三(昭和二八)年。二月一日からNHKが、半年後には日本テレビが民放はじめての放送を開始した。当時テレビは全国で千台。それから半世紀。「おたく」世代とのちに呼ばれることになる一九六二(昭和三七)年生まれ。かれらが、小学校に入学するころ、テレビの普及率が八八パーセントを超えた。
「もの心」が付いたとき、生活のなかにテレビがすでに存在する世代の誕生である。それからすでに四十年。「初語異変」が指摘されてから約二十年。事態の改善が見られないまま、さらに深刻な事態が進行している。
「生まれて三か月から五か月で一日中テレビを見ている赤ちゃんがいます。そんな環境にいると、テレビを切ると泣きだしたりする。逆に夜泣きをする赤ちゃんがテレビをつけると泣きやむんです。問題は生まれてからテレビ漬けになっている子どもたちに、新しいタイプの言葉遅れが増えていることです」
こう語るのは片岡直樹・川崎医科大学小児科教授だ。知能が正常な発達をしていても言葉が失われていき、上手なコミュニケーションが取れないという子どもたち。その原因がテレビとビデオ視聴にあるという。片岡さんはこんなケースと出会った。
Aちゃんはいま三歳の女の子。お母さんは幼稚園の先生だ。十一か月ぐらいで自分の名前を「Aちゃん」と言い、「はーい」「ワンワン」といった言葉も喋りだしていた。変化はお母さんの職場復帰をきっかけとした。
「おばあさんに預けてからのことです。一歳八か月ぐらいで言葉を失い、名前を呼んでも振り向かない。眼も合わせなくなってしまったのです。原因を探っていくと、アニメのビデオを一日に七時間から八時間見せていたことがわかりました」
母親は休職し、Aちゃんの生活からテレビをいっさい断ちきることにした。いまAちゃんは言葉と表情を回復しつつある。
片岡さんはこれまでに約二百人の子どもたちの生活を検討してきた。そのうち朝からテレビをつけっぱなしという環境の子どもたちは五人にひとり。ここに問題が起きているという。
人間のコミュニケーション能力の土台は一歳半までに形成される。その「感受性期」に母親などとの密接な関係で育っていくのが人間だ。ジェスチャーや指さし、抱くといった非言語コミュニケーションから言語や感性は育っていく。
片岡さんは狼に育てられた少女カマラの例をあげる。
「推定八歳で発見されたカマラは教会で育てられ、十三歳で亡くなりました。その五年間に覚えた言葉は五十五だけだと記録されています。人間の脳は、適切な時期に機能しないと言語能力も育たないんです」
言葉や感性に深い影響を与えているテレビやビデオ。その問題点が具体的に指摘されるようになった時期が少年犯罪の質的変化と重なっていることにも注目したい。
平成十三年度版『警察白書』のタイトルは「21世紀を担う少年のために」。刑法犯少年の検挙人員が、総検挙人員に占める割合は、いまや四二・七パーセント(平成十二年)。なんと半分近くが未成年者による犯行だ。
人口千人あたりで比較すると、成人の検挙は一・八人。ところが十四歳から二十歳未満の少年は、十四・九人。成人の八・三倍という事実。警察庁幹部はここでもテレビの影響を指摘する。
「強盗、恐喝、ひったくりで検挙された少年六百八十四人からアンケートを取ったところ三百七十一人が回答してくれました。犯行に影響を与えた環境について聞くと、暴走族や不良グループとしたのが百五十人。ついで多かったのがメディアの影響(四十人)でした。そのうちもっとも多いのがテレビ(三十一人)です」
九七(平成九)年に起きた神戸の少年事件。昨年起きた佐賀バスジャック事件。共通するのがホラービデオへの関心でもあった。
知られざるメディアの影響を報告していく。いま子どもたちが危ない。