テレサテンの「香港」は私のカラオケ持ち歌である。その歌姫にこんな大きなドラマがあったなんてこの本を読むまで想像もできなかった。
なんと言っても、この本の圧巻は、天安門事件前後の人間(組織)模様だ。中国と台湾、それに中国内外の民主化運動。組織と組織が動き、歌姫の中国民主化への切なる思いを自陣に取り込もうとして動く。筆がもっともさえている山場である。
隠された裏側を、よくぞここまで取材しつくしたものだという一言に尽きる。歴史はこのような執念によって発掘されるのだろう。この前後の叙述だけで、著者はノンフィクションライターとしての地位を確立したと評されるであろう。テレサテンを悲劇に陥れる、現代政治というもののリアルを描き取って完璧である。手抜きがどこにも感じられない。
その大状況の描写との対照において、テレサテンというひとりの女、現代政治にくらべれば本当にちっぽけな一人の人間の揺れる心の動きまでよく描いている。これはなんと哀しい事態かという感情が読者に共感としてわき起こる。迷いつつ参加した香港の民主化支援集会で歌う「私の家は山の向こう」。このくだりでは、私もどっと泣きました。
この本を書かれたことによって、彼女は歴史に残ることになるかもしれない。彼女の生涯がはじめて明らかにされ、もう一人の彼女がここに浮かび上がった。
歌詞や歌唱の世界を中心としなかったという点も、この種の本としては異例であろう。しかし、この本を読んで私はテレサの「香港」がますます好きになりそうである。あの歌を歌うときに感じる、どのような場所であろうとそこを生きる場所とする者たちのやるせなさとそれでも前を向いて生きていこうとする人たちのけなげをいっそう深くわかったような気がする。
この本は取材したすべてを惜しげもなく提出している。サイドストーリーとして言えば、関鍵という人物像が面白い。テレサテンに中国国内からのインタビューに挑戦した意欲あるジャーナリストだが、その哀愁をもよおすてんまつも共産党「指導」下の中国の民主主義の実相をよく示している。歴史物を書く手練れの作家なら、この人物だけで1冊を書けるよ有田クン、と言うだろう。
構成問題について注文を付けるとしたら、6章は後日譚となっているが、その4の部分独立させれば、最後のいい余韻がつくりだせたのではないかな、と思った。
とにかくこの本で書かれたすべては、著者の13年の取材によって新しく歴史に付け加わったことである。