『私の家は山の向こう テレサ・テン十年目の真実』書評
敢闘言

                           日垣 隆

 10代にして台湾や香港で人気のあったテレサ・テンは、2年契約を結んだ日本で再びゼロからスタートし、頭角を現してゆく。

 当初、彼女は「香港の歌手」と紹介された。本当は台湾の出身だ。一家は、いわゆる外省人なのである。中国本土から共産軍に追われて台湾に移住した人々を、そう呼ぶ。

 彼女が日本でデビューする1年半前に、日中間は国交を樹立している。日本は突然、中国を選び、台湾を切ったのである。

 国々の思惑に翻弄されながらも、次第にテレサの歌は中国大陸にも浸透する。
 「小トウ(テレサ・テン)の人気は老トウ(トウ小平)を圧倒する」とまで言われ、それゆえに北京や上海で彼女の歌は弾圧される。

 有田芳生著『私の家は山の向こう』(文藝春秋)を読み、私は何度も本を閉
じ、不覚にも目頭を押さえ、また静かに活字を追った。

 天安門事件の直前、中国での民主化運動を支援すべく、ひとり香港でのコン
サートに出かける彼女の描写も、精緻なジグソーパズルのごとく、事実の断片が一つひとつ埋められて再構成されてゆく。小さな事実に誠実であることが、ドキュメントに命を吹き込む。

 ひとりの人物を追うことが、ひとつの時代を描くことになった。著者の解釈や主張が抑制されることにより、読み手の感情が逆に溢れてしまう。まいりましたと言うほかない。

 テレサ・テンが急逝して、この5月8日で10年になる。

              (「エコノミスト」2005年5月10日号)

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