酒税法を改正せよ!

 全国の酒場で果実酒の話題が「辛党」の口の端にのぼったのは、ここ一年ほどのこと。たとえばこんな質問にあなたはどう答えるだろうか。自宅近くで取れた果実を市販の焼酎で漬け込んで数年後に試飲するととても美味しかった。日ごろお世話になっているご近所の知人に楽しんでもらおうと無料でおすそ分けをした。あるいは「三年前に漬けた梅酒が美味しいよ」と実家を出ている子どもに送った。これらは違法かどうか。「そんなバカな」と思うだろうが、どちらのケースも酒税法に違反しているのだ。

 街の蕎麦屋に行けば「自家製梅酒」が売られ、焼き肉屋に顔を出せば「人参酒」が売られている。バーに行っても自家製果実酒のカクテルを売り物にしている名店もある。これまた酒税法によれば違法で「五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金」に問われるというから唖然とする。この実体が明らかとなったきっかけは、二〇〇七年四月十七日に北海道ニセコのペンション「ふきのとう」で起きた、ある「事件」にさかのぼる。

 その日の午後一時ごろ、池田郁郎さんが外壁を塗っていたとき二人の男性が突然現れた。札幌北税務署から来たという。ニセコは倶知安税務署の管轄だ。なぜ札幌北税務署からわざわざやって来たのかというと、酒税官がここにしかいないからと説明があった。「ふきのとう」では一杯三百円で果実酒を販売していた。係官は国税庁のホームページにある「お酒に関する情報」からダウンロードした紙を示した。「酒類の製造許可」「みなし製造」という部分にオレンジのマーカーが引いてあった。

 「酒類に水以外の物品を混和した場合において、混和後のものが酒類であるときは、新たに酒類を製造したものとみなす」(第四三条「みなし製造」)から「没収」すると通告された。たしかに酒税法五四条には、製造免許を受けないで「酒類、酒母又はもろみを製造した者は、五年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」、密造した酒類、原料、器具、容器などは「何人の所有であるかを問わず没収する」とある。池田さんは「わかりました」と答えるしかなかった。

 池田郁郎さんとひろみさんが果実酒(ホワイトリカーに果実と氷砂糖を漬け込んだもの)を作りはじめたのはペンションを開設した一九八〇年。『北の果実酒・薬草酒』(北海道新聞社)を出したのは一九九八年。果実酒を営業用に作っていることは、そこにも明記されている。係官はこの著作とホームページを見て問題ありと判断したようだ。係官は「申述書」(始末書)の提出と営業用果実酒の没収を命じた。その日は五月十一日と決まった。池田さんは一升瓶約八十本に果実酒を詰めた。この「事件」は地元メディアだけでなく全国的にも取り上げられた。

 「(没収に)行けなくなったのでそちらで廃棄してください」と税務官から電話が入ったのは五月八日。池田さんは浄化槽の能力を超えること、不法投棄のようなことはできないと伝えた。実はこの日、国会で問題が取り上げられていた。衆議院総務委員会で質問に立ったのは、ニセコ町長を経験した逢坂誠二議員。酒税法の規定が「社会通念上からいってちょっとおかしい」と質問したところ、政務官は「あくまでも法は生きた法でなければいけないという重要なご指摘」と答えている。没収予定の前日。再び係官から「行けない」と連絡があり、押し問答が続いた。それ以来、いまに到るも廃棄したかどうかの確認さえないままだ。

 逢坂議員は「酒税法に関する質問主意書」を六月十四日に提出。六月二十二日には安倍晋三総理(当時)による「答弁書」が出された。そこには「当該酒類(注、果実酒など)を無償で知人等に提供することは」「同項十二条に規定する販売には当たらず、同項の規定に違反するものではないと考えている」とある。梅酒などの果実酒を知人や別居家族などにおすそ分けするのは違法ではないと解釈されたのだ。一歩前進だ。

 「ふきのとう」への調査はいったい何だったのか。私は札幌北税務署に問い合わせた。総務課長はこの件を「報道で知った」という。具体的質問には「(ペンションに)行ったか、行っていないかも言えない」と言うばかり。そこで札幌国税に向かった。ここ十年に酒税法違反で事件となったのは、免許を持たずに酒を製造、販売したケースばかり。「違反が明らかになれば何らかの対処をする」(広聴室長)「(違法という)情報があれば、調べて行政指導する場合が多い」(酒税課課長補佐)と回答はすべて一般論ばかり。「ふきのとう」の果実酒を注文する宿泊者は一年で三十杯から四十杯ほど。売り上げは、多くて一万二千円だ。

 「宿や居酒屋で出すぐらいは認めるべきだという声が多いです」と池田夫妻は酒税法の現状に疑問を呈している。果実酒提供が酒税法に違反するとの報道があってから、札幌のバーでは自家製果実酒を使うカクテルをやめた店がある。東京・下北沢では、漬けていた果実酒の販売をやめて自家用にした居酒屋もある。なじみ客に「いい浸かりのモノがありますぜ」となかば冗談でこっそり提供する密売のような店さえあるという。旅館で夕食時に「自家製でございます」と果実酒を出すところもある。実体からいえば、いままで通り販売、提供している店が全国には圧倒的に多い。

 ところが税務署が積極的に自家製果実酒販売店を探して行政指導をする気配はまったくない。しかし「通報」があれば税務署は動かざるをえない。最近流行っている焼酎やウイスキーの「前割り」はどうか。焼酎のお湯割りやウイスキーの水割りを作るとき、事前に水を加えて寝かしておく。味がまろやかになるのだ。飲食店が用意しておけば、これまた「みなし製造」の規定にひっかかるはず。違法と合法の距離を埋めるには時代に合わない酒税法を改正するしかない。

 「現行法では年間に六キロリットルの酒類を製造しなければ免許が与えられません。四合瓶で八千本あまりです。せめて旅館やペンションでのグラス売りぐらいは定量を定めたうえで合法としていただきたい」と池田夫妻は主張する。この強い思いが実現しそうだ。平成二〇年度の税制改正で、料飲店などで、「客の飲用に供するため(自家消費以外)の混和」が認められることになるからだ。洋酒評論家の花崎一夫さんは「時代が変われば、酒税法も部分的に変わっていけばいい」とフランスのワイン法の例をあげる。

 「特色あるワインの品質を保ち、個性を維持するために作られたのがワイン法です。法律でワインを造るのではありません。確立した伝統と個性を守る精神が大切なのです。いまや果実酒などの現状をダメとは言えなくなっている。日本の酒税法も変わるべきときでしょう」

 酒は人類の文化である。暮らしのなかで成熟してきた嗜好の世界を法律でしばるべきではない。果実酒の合法化が租税特別措置法の改正によって認められることになる。大きな前進だ。
            「週刊朝日」2008年3月26日号)

追記。平成二〇年四月三十日に公布された租税特別措置法(酒税関係)の改正によって、酒場、料飲店における自家製梅酒等の提供に関する特例として、酒場、料理店等の営業者は、一定の要件の下に酒類の製造免許を受けることなく、その営業場において自家製梅酒等を年間1KL以内提供することが出来ることとなった。

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