テレサ・テンと中国政治

1980年に入り、テレサ・テンの歌声は中国でも大流行。とくに彼女が北京語で歌った「何日君再来」(いつの日、君帰る)はあっという間に社会へ広がっていった。しかし、やがて反動が起きる。83年10月11日から12日に開かれた中国共産党第12期2中全会で「整党に関する決定」が採択され、いわゆる反精神汚染運動がはじまったからだ。ここに紹介するのは、今回の北京取材で入手した上海の「解放日報」(83年12月20日付)の記事だ。そこではテレサの歌った「何日君再来」が精神汚染だと弾劾されている。社会レベルでもさまざまな強権的手だてで、テレサの歌声が規制されていった時代である。
 それから2年。中国共産主義青年団機関紙の「中国青年報」(85年2月1日付)1面にテレサ・テンへのインタビュー記事が彼女の写真とともに突然掲載され、中国国内はもちろん、香港、台湾でも大きな話題となり波紋を広げた。
 精神汚染などという汚い言葉を投げつけられていたテレサの評価に変化が起きた背景にはいったい何があったのか。そこには中国政府内部の権力闘争が関わっていた。そしてテレサはどう関わっていくのか……。私が構想してきたテレサの世界はアジアへと開かれていく。

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