映画と私

 井上ひさしさんの作品「頭痛 肩こり 樋口一葉」を新宿の紀伊国屋サザンシアターで観ていて、ある映画のことをふと思い出した。一九八六年に公開された「キネマの天地」である。山田洋次監督が松竹大船撮影所の五〇周年を記念して制作した作品で、テーマは映画人の心意気を描くことにあった。なぜこの映画を思い出したかといえば、樋口一葉の役を「キネマの天地」でデビューした有森也実さんが演じていたからである。

 いまやおぼろにしか覚えていないが、「キネマの天地」のなかに印象に残るセリフがあった。なにしろ十七年も前のこと。わたし流に変形された言葉はこういう内容として記憶されている。映画とは工員たちが汗を流して得たお金を握りしめてわざわざ足を運んでくるのだから、観てよかったという作品を提供しなければならない。「そうだ」と当時も同感し、いまも芸術作品とはそういうものであるべきだと思っている。そう、映画とは観客を慰め、勇気づけ、感動させ、楽しませ、ときに悲しませる機能のいくつかを通して他者の人生を追体験し、あるいは自己と同化させるものである。

 『戦後生まれが選ぶ洋画ベスト100』(文藝春秋、一九九五年)という文庫がある。そのアンケートに答えたわたしは、「ベストテン」の一位に「芙蓉鎮」を選んだ。なぜこの作品だったのか。その理由をこう書いた。〈「豚になっても生きろ」――中国の文化大革命という名の「反革命」に巻き込まれ、昨日までの「友人」「同志」たちから大衆的吊し上げをくらった主人公の台詞が妙に生々しく実感できたことを覚えている。文革の不条理を低い視線で見事に描いた謝晋監督のメッセージは、体制に順応しやすい日本人にとっても他人事ではない、と思われてならなかった。〉「妙に生々しく実感できた」としか書いていないが、それはわたしの小さな経験と重なっていたからであった。映画公開は一九八八年。あれから十五年という時間はわたしの感性から何を奪い、何を獲得させたのだろうか。そんな関心をいだいて「芙蓉鎮」をもういちど観ることにした。エンドがでたときに、共感しないわたしがそこにいれば、どうしようかと思いながら……。

 わたしが岩波ホールで最初にこの映画を観たのは徹夜明けのある午後のことだった。政治の変転に巻き込まれ職を失ってから三年。「時間は優しい」というが、ときの堆積もわたしの精神的傷口をふさぐことはできなかった。「文化大革命」という政治が個人の運命をもてあそぶ展開に、わが身に起きたカフカ的世界の不条理を重ねていたからだろう。眠気などを感じる余裕さえなかった。「豚になっても生きぬけ」!主人公の言葉はまさに先行き不透明なわたしの人生に向けられたものとして迫ってきた。短い言葉に衝撃を受けた根拠とは何だったのか。それをひとことで表現すれば「被害者意識」である。

 不本意な失業からフリーランスの世界へ。三十代はじめのわたしにとって喪失意識が試練であったことは確かだ。しかし、「芙蓉鎮」の主人公たちが、したがって当時の中国人の多くが共通体験とした「文化大革命」による野蛮で狭小なイデオロギーによる人間支配に比べれば、わたしの経験などは「被害者意識」を肥大化させるほどのことではなかった。なぜそうした思いに囚われていたのか。それはわたし自身が狭い価値観のなかで生きていたからである。若さゆえの限定された経験は仕方がない。問題の根源は想像力の羽ばたく世界そのものが限られていたことにある。偏執的な知識では飛び立つ意思はあっても悲しいかな飛距離は限られている。エネルギーとしての同時代体験と教養の欠如だ。いまならそうわかる。

 「芙蓉鎮」だけではない。アンジェイ・ワイダ監督の「大理石の男」でもいい。時代の激震のなかを生きぬいた主人公たちのなかには、きらりと輝く勲章が隠されている。なぜなら作品こそが豊かな現実の反映だからである。「偉大なる平凡」。政治イデオロギーを最高の価値として身体のなかに埋め込んだ人物群が右往左往する情けなさ。その政治体制や組織に翻弄され、不安に圧倒されつつも生きぬく庶民たちのなんと魅力的で逞しいことか。わたしが「芙蓉鎮」を再見してもっとも魅力を感じたのは、古参党員の谷(クー)さんだった。戦争をくぐり抜け、革命を体験しつつも権威や現世利益に包摂されることのない独立した人格である。おのれの「良心」を裏切ることのない人物といってもよい。中国の悲劇的時代を酒に溺れながらも剛毅に突破した男の姿は、「弱さ」のなかにも「強さ」が宿ることを教えてくれた。十五年まえにわたしのこころをとらえた言葉は、いまや引用としてではなくわたしを励ます。生きぬけ。豚になっても生きぬけ。生きぬけ。牛馬になっても生きぬけ!

(『キネマ旬報』2003年9月下旬号)

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