「いまどこにいると思う?」小さな駅を降りて公衆電話から電話をした。「わかるわけないでしょ」東京にいる友人の女性ライターが早口で言った。「ゴノウセンに乗っていたんだ」そう伝えると「ちょっと待ってね」という声とともにガサゴソという音がした。「遠いところにいるんだね」地図を出してきたという彼女はそう言った。
五能線。秋田県の東能代から青森県の川野駅までの一四七・二キロに四三の駅がある。ちょうど学校が終わる時間だった。日本海の静かな波濤を車窓から見つめながら聞こえる生徒たちの華やいだ声。それは都会の電車内のものとはまた異なる空気を醸し出していた。小沢昭一さんも「美人線」といわれる五能線に乗って、その実態を調べたことがあるという(『泣いてくれるなほろほろ鳥よ』、晶文社)。自然にもひとにも懐かしさを感じるのは、そこに時間が堆積しているからだろう。
遠い記憶のなかの風景が美しいのは、時間の優しさなのだろうか。取材の旅だったことは覚えている。ところが何をテーマとして、どこに宿泊したかなど、前後のことは忘却の彼方にある。切り取られた記憶の断片に意味があるとすれば、きっと存在するだけの理由があるのだろう。フリーランスのライターとしての生活をはじめたころのことだ。経済的には厳しかったものの、精神は自由だった。
「北帰行」「北へ帰ろう」「北の宿から」などなど、歌謡曲の世界では傷ついた男や女はなぜか北へと向かう。わたしも小さな、しかし本気の希望を砕かれたとき、北へと旅した。旅は閉ざされたこころを開いてくれる。開いているこころにはさらに新しい世界を見せてくれる。なぜなら感性が広がる程度において見えないものが見えてくるからだ。旅の効用である。
友人の女性ライター電話がかかってきた。「あれからいろいろ旅行にいったでしょ」いつもの早口だった。「うん。群馬や長野の温泉もよかったな。新潟に美味しい寿司屋があると聞いたよ。いつか行こうと思っているんだ」受話器の向こうから声がかえってこないので話し続けた。「宇都宮の餃子とか、房総の海なんかもよかったな。日本にはまだまだ見残した土地があるからな」明るい声が「うらやましいな」と言ったように聞えた。若くして逝った遥かなる魂がまるで木霊のようにこころに届いた。