青春期に感じた自由の息

「ランボー詩集」

 「蒼の時代」とは若さと未成熟を意味する。その渦中に生きていれば、将来の希望や夢を無限に
肥大化させてはいても、実のところ底なしの不安と裏腹な場合が多い。人間的「深み」がまだまだ
浅いことは、誰しもが免れえないはずだ。

 しかしまれに見る天才的早熟には、さんぜんとした輝きがあふれている。それが時代を異にして
いたとしてもである。わたしにとっての「彼」は、フランスの詩人アルチュール・ランボーであっ
た。
 ある政治家の回顧録で存在を知り、さっそく書店で堀口大学が訳した詩集を手に入れた。難解だ
った。文字を追うのが苦になるほどで、イメージも十分には結べない。これが十七歳の作品か、と
驚きもした。そんな詩編のなかに平易な作品を見つけたとき、暗記するほど何度も眼で追った。タ
イトルは『「居酒屋みどり」で』。
 「八日この方、石ころ道を、歩きつづけた僕の靴 すっかり破れてしまってた。シャルルロワへ
といま着いた。」こう書き出した詩は、「目もと涼しく乳房のやけにでっかい別嬪」がハムとトー
ストを運んできて、さらに大ジョッキにビールを注いでくれたシーンを描いている。

 将来への希望を観念的に抱きつつ、足場の定まらないわたしにとって、テーブルの下に足を延ば
した場面に自由の息吹を感じたのを覚えている。 ランボーをはじめて読んでから二十七年の時間
がすぎたとき、わたしはパリでの仕事のついでにベルギーに向かった。

 シャルルロワ駅で降りて「居酒屋みどり」を探した。図書館で調べ、いまだ駅前に残されている
ことを発見。あいにくの定休日だった。それでも感激したのは、青春の内面に刻印された詩が、い
まだわたしを行動に駆り立てたことだ。普遍的作品の持つ力である。(ジャーナリスト)
  

 堀口大学訳「ランボー詩集」は新潮文庫刊。
 (2005年8月。共同通信配信)

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