未来への独白

 「南十字星」にはさまざまな意味合いが込められている。一般的には「南十字座の中心にある四つの星」のことで、「長軸を延長すると南極をさすことから、航行上の目印とされた」(『明鏡国語辞典』)と説明されている。ところが、わたしたちの実生活のなかでは、人生の行き先を導く指針として「南十字星」を捉えることが多い。男女の至上の愛もまた、燦然と輝くこの星が讚えるものとしての印象がある。いま、この時代の先行きを鮮明に照らす赤々とした松明はあるか。残念ながらなかなか見当たらないのが実情だ。ならば、どこに指針を求めるべきなのか。歴史である。ここでいう「歴史」とは、教科書で教えられるような乾燥した文字列のことではない。わたしたちと同じように喜びや哀しみの実感を持って「その時代」を生き抜いた人間群像が、自らの判断で、あるいは余儀なくそうせざるをえなかった行動総体のことである。その結果としていまの日本があり、わたしたちがここにいる。

 「昭和の歴史三部作」の総指揮を取った浅利慶太さんが、これらの作品を通して「昭和の輪郭、日本人が世代を超えて語り継いでいかなければならない想いを感じていただければ」と語ったのも、この時代の脆さ、危うさへの戦争経験者としての痛切な思いがあるのだろう。推測するに、読売新聞の渡辺恒雄さんや自民党の宮沢喜一さんなどが「戦争だけはだめです」と機会あるごとに主張している真情と連なっているはずだ。イデオロギーや政治的立場の違いではない。人間存在の根底にあるものを崩壊させる不条理のなかでも、もっとも最大のそれが戦争だからである。先日、お話を伺った八十五歳の戦争経験者は、わたしとの会話のなかで「こんどの戦争」と表現していた。そう、六十一年前に終わった戦争は、この世代の意識のなかにいまだ深い影を落としているのだ。終戦当時に二十歳だった若者も、いまでは八十一歳になる。この時間の流れのなかで多くのものが失われていった。その最大のものが「経験の喪失」である。

 ミュージカル「南十字星」は、その空白を埋めるべく創作された志高い作品である。主人公の「保科勲」とは、「BC級戦犯」としてシンガポールのチャンギー刑務所で二十八歳にして絞首刑となった木村久夫さんを中心的モデルとしつつ、同じ刑を受けた多くの若者を象徴的に表現している。しかもインドネシア独立運動をストーリーに絡ませることで、歴史が重層的であることを教えてくれる。最大の山場は、絞首刑を前にした「保科勲」の独白だ。わたしはこの言葉を聞いていて精神の底から身震いをした。まさに実在の木村久夫さんが日本人に向かって書き残した遺書(「きけわだつみのこえ」に収録)の趣旨そのものだったからだ。「保科勲」は語る。

「明日の日本の若者たちよ。戦争の中に生きた若者からの言葉を聞いて欲しい。歴史の大きな転換期には、名もない無数の人びとが犠牲になる。その小さな死の積み重ねが世界の歴史を進めてきたことを、今、私は実感している。(中略)たとえこの身は滅んでも、私の代わりに新たな役割を担ってくれる明日の若者たちに未来は託せると信じている。明日は君たちのものだ。五十年後、百年後の日本を、未来の若者たちよ、よろしくたのむ!」

 この場面で会場から鼻をすする音がした。もし、木村久夫さんの妹である孝子さんがこの作品を観たならば、きっといたたまれない思いに駆られることだろう。「保科勲」が兄に重なるからだ。痛切な感情をこころの奥深くに潜ませている世代がいる。「戦争はいけない」ということは、本来は「太陽が東から出て西に沈む」ことが不変であるような「公理」である。いまや日本がアメリカと戦争をしたことさえ知らない若者たちが少なくない。「BC級戦犯」の悲劇も知らせなければ知る機会がない。歴史が失われつつある。この現状に歯どめをかけ、まともな日本を創造する意思が「南十字星」には込められている。

        (「劇団四季」機関誌『ラ・アルプ』2006年3月号)

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