トロツキー著「レーニン」(中公文庫)に寄せた解説

 作家の中野重治に『レーニン素人の読み方』というユニークな著作がある。そのタイトル風にいえば、これから記すのは、トロツキーが書いた「レーニン」に赤線を引きながら熟読した素人の感想である。

 レーニンが亡くなったのは一九二四年一月二一日。五三年の人生だった。この著作の「まえがき」に記された日付は同年四月二一日。ときにトロツキー四四歳。歴史が激震するときには、比較的若い世代に時代の壁を破壊する役割を与えるのだろうか。たとえば日本の明治維新。吉田松陰が刑死していなければ三八歳、坂本龍馬が暗殺されていなければ三七歳、高杉晋作が病死していなければ二九歳という若さ。これは平均寿命が短い時代ほど、人間の成熟が深いという問題でもあるまい。自分の信念で生きるとは、本質的に生命そのものをかけること。まるで刃物の上を素足でわたるような生き方を、時代そのものが大量に求めたのだろう。緊迫した、しかし短くとも豊かな人生を。

 このトロツキーのレーニン追想について、E・Hカーは厳しい評価を下している。「革命時のレーニンとの私的つながりを、自分自身の重要性を誇張し、他の参加者を第二の地位に落とすような筆致」で語る「文筆上の武勇」(『ロシア革命』岩波現代文庫)だというのだ。一方、この著作を高く評価するのはアメリカの代表的批評家のエドマンド・ウィルソン。社会主義の起源からレーニンまでを『フィンランド駅へ』(みすず書房)で広大かつ豊かに描いたなかで、トロツキーの『レーニン』を『一九〇五年』『ロシア革命史』『文学と革命』とともに「不朽の文学作品」だと絶賛している。あるいはソ連崩壊後、レーニン関連文書保管所にある三七二四点の未公開資料によって新しいレーニン伝を書いたドミートリー・ヴォルコゴーノフは、「レーニンを題材にした数多くの書物のどれよりもはるかに面白い」(『レーニンの秘密』日本放送出版協会)と書いている。

 このようにさまざまな視点があることを前提に、私はこの著作をまずは歴史の証言として読み進めた。ロシア革命で同志だったトロツキーが記したレーニンの人物像と革命の貴重な回想。発行当時は当然のことながら現代史の記録だ。ロシア革命の絶頂にいたる局面でのレーニンの発言と行動を振り返りつつ、全体として描かれているのは新しい世界の創造に立ち向った民衆の息吹と希望そして熱情である。レーニン讃歌の最後のところでトロツキーはこう書いた。

「われわれは大胆な予言をしよう。それはほど遠くないときにロンドンで、たとえばトラファルガー広場で二つの銅像が並んで立つだろう。カール・マルクスと、ウラジミール・イリイッチ・レーニンとの銅像だ」「この日を期待して、私は長生きをしよう」

 この「大胆な予言」はもちろん実現しなかった。それを「いま」の歴史的位置から難じるのはたやすいことだ。しかし、レーニンやトロツキーに 共感・賛同した人たちは、この呼びかけをエネルギーに人類史の新しい実験に勇躍、まい進していった。大切なことはそこにある「精神」と「自己認識」だ。私にはトロツキーが描く革命の情景に重なって、わきおこる民衆の歓声が聞こえるようだった。トロツキーは書いている。「われわれには『前例』はなかった。なぜなら、歴史がそういうものを知らなかったからである」と。

 それからわずか十年。スターリンによる血の粛清と全体主義体制の確立があるなどと誰が予測しただろうか。ましてやトロツキーも、自分がソ連から追放され(二九年)、トルコ、フランス、ノルウェーを経てメキシコへと移り、四〇年八月二〇日にスターリンの放った刺客に襲われ、六〇歳でこの世を去るなどとは思いもしなかっただろう。暗殺される半年ほど前にしたためた「遺書」の末尾にトロツキーはこう書いている。

「人生は美しい。未来の世代をして、人生からすべての悪と抑圧と暴力を一掃させ、心ゆくまで人生を享受せしめよ」(西島栄訳)

 祖国を追われ、暗殺の危機にあった人物が、世界をこのように美しく認識できるという驚き。私はこの「遺書」にはじめて触れたとき、トロツキーの素顔が、それまで自分のなかで描いていたものと相当に異なっているのではないか、と予感した。思い込みの怖さ、いやイデオロギー(虚偽意識)の不気味さだ。

 ロシア革命におけるレーニンやトロツキーの評価は、いまだ定まってはいない。たとえば日本共産党(系)のトロツキー評価。『社会科学辞典』(一九六七年版)では「日和見主義者、反革命分子」と断罪していたのに、『社会科学総合辞典』(一九九二年)では「南ウクライナ出身の革命家」と記された。「反革命分子」がいまや「革命家」。歴史(人物)評価など、新しい資料発掘の成果だけではなく、ときどきの政治的要請から変幻自在の「宙返り」をすることがよくわかる。旧ソ連や中国でもしかり。

 一九四五年から五三年までシベリアに抑留された石原吉郎は、「人間にみずからの死をすらあたえる力のない政治というものの脆弱さ」を悲痛なエピソードで紹介している。

「一九三〇年以来、流刑地以外のロシヤを見たことがないという尊敬すべき老トロッキストが、ある日僕の隣でパンを食いながら、不意に居眠りをはじめた。ゆすぶって見たら、もう死んでいた」(石原吉郎全集第三巻、花神社)

 人間への政治的烙印は、この老トロッキストの一度限りの人生を破壊した。その方法が生命に関わる暴力的なものであれ、組織からのソフトな排除であれ、そこに流れる人間観は本質的に共通する。「革命」を至上の価値と認識すれば、人間存在そのものの価値さえ従属するという逆転。しかも「反革命」「反党分子」とレッテルを貼った痛みさえ感ずることなく、事情が変われば「名誉回復」などと勝手な措置を取る発想そのものが人間不在だ。当事者の意思など、そこでは見事に欠落しているからだ。

 感性を全開して「名誉回復」という言葉の異常さに思いいたすべきではないか。政治とは最初から最後まで倫理的問題なのである。社会に生起する人間性否定を拒否する倫理的立場が、こと党派内部においては「査問」「粛清」といった形で「同志」の人間性を否定する反倫理的立場に転化する。この根底にある人間観の組み替えがない限り、思想としての社会主義の体制としての再生はありえない。いや、あってはならない。

 トロツキーは「ブルジョア的環境出身の革命家」について触れている。「ブルジョア民主主義的革命家」というトロツキーの言葉に、ザスーリチは「単に革命家」だと反発する。薄く切ったハムに芥子を厚くぬりつけることが「ぜいたく」と言われた時代。一九〇〇年から一九〇三年までの旧『イスクラ』当時だから、ちょうど一世紀前のロンドンでの生活だ。日本でいえば治安警察法(一九〇〇年)が公布され、幸徳秋水が『社会主義神髄』(一九〇三年)を著した時代。三井物産社員(大卒)の初任給が三〇円、東京・大阪間の三等料金が三円九七銭、ビールが二三銭。トロツキーは、こうした社会環境にあって活動する「ブルジョア民主主義的革命家」「小ブルジョア革命家」に対して危惧を抱いていた。「革命家」を階級と結びつけて判断する立場があったからだ。ザスーリチがのちに第一次世界大戦で「祖国擁護」の立場を取った根拠を解き明かす炯眼だ。「精神」に生きるか、「肉体」に生きるかの選択を迫られた時代でもある。

 それから一世紀。歴史はぐるりと轟音をたてて回転した。いまやレーニンやトロツキー、そしてシベリアで人生を奪われた老トロッキストたちが誇り高く人類史に刻み込んだ社会主義の「祖国」はない。しかし社会主義思想と運動は、いまだこの日本でも持続している。だがそのよって立つ物質的基盤は、トロツキーのいう「ブルジョア民主主義的革命家」の水準をはるかに超えた。ならば社会再生の構想とそれを実現せんとする主体はいかにあるべきか。

 私が想起するのは、吉野源三郎の思索だ。同時代の歴史的事件の帰趨を、いまだ流れている状況のなかで自分の生き方と結びつけて洞察する力。それを吉野は「現実に喰いこむ」ことと表現した。この日本でも社会主義運動は続いてきた。だがその「未成熟」に変わりはないという指摘。「理論がいかに精緻になり先鋭になっても、現実を動かす力には転化しない」というのだ。では何が「現実を動かす力」なのか。それは『世界をゆるがした十日間』を書いたジョン・リードが現場で体感したように「建設的な綱領」とそれを「実施する力」を持っていることである。

 私は吉野が書いた『同時代のこと』(岩波新書)をベトナム取材のなかでボロボロになるまで読みながら、この「力」のなかには、「知識」や「理論」といった次元ではなく、人格的に共感を呼ぶだけの豊かな人間性がふくまれていると思ったものだ。生きた現実においては、認識がすべてではない。人間の意欲や感情をふくめた全活動に促されて認識も深まってゆくからだ。ところが自分たちの共同体から離れた者に対して、罵倒し、冷笑し、ときに存在さえ否定する異常の根拠は、いまだ払拭されていない。民主主義精神の欠如だ。人々はそこを冷静に見つめている。

 レーニンとトロツキーには「構想力」とともに人間的な共感と結びついた「実行力」があった。無名の民衆群像は、だからこそ彼らとともにあの「十月革命」の壮大な歴史的局面を生命をかけて駆け抜けてきた。ミカエル・レヴィは言う。

「人は生まれるまえに死ぬことはできない。共産主義は死んでいない。なぜなら、それはまだ生まれていないのだから。このことは、社会主義についても同様である」(『Monthly Review』九一年五月号)


 しかし生まれてくる新しい世界があるのならば、それは「社会主義」という言葉と理念で再生するものなのか。あらゆる既成の観念を離れて、しかも批判精神を旺盛に働かせながら考えるべき課題は多い。

(レフ・トロツキー著『レーニン』、中公文庫、2001年、解説)

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